ためだめめ なエレベーター -プロローグ~第1章-
女の子特有の甲高い声が体育館にこだまする。
その中では 体操服に身を包んだ女の子達が、ネットを挟んだコートの中で 必死に白いボールを追いかけていた。
恐らく指導者であろうと思われる人物に叱咤されながらも、少女達は懸命に輝いていた。
だがそんな華やかな舞台とは別の…体育館の隅の方で、マンツーマンでバレーボールの練習に励んでいる少女が二人いた。
※「こらっ溜田(ためだ)! 何度 言ったらわかるのっ! ちゃんと怖がらずに足を動かしてボールを取りに行かなきゃ!」
※(溜田といわれた少女)「は、はいっ…ごめんなさい…」
※「返事はもっと大きく! "はい"っ!!」
※(溜田)「は、はいっ…!」
二つくくりの髪を揺らし、自信がなさげで ぎこちない動きの少女"溜田"と、かたや肩まで伸びたポニーテールが印象的な、その少女を厳しく指導する女の子。 なんてことはない、よくある部活の練習風景である。
―そして、時刻は18時ちょうどを迎えた。
同時にチャイムの音が学校内に激しく響き渡った。
指導者らしき人物が女の子達を集め、今日の練習のポイントや 明日の諸連絡をしているのだろうか、数分間 話をして その場から離れた。
少女達も練習が終わり、片付けを済ませてから各々 更衣室へと入っていった。 もちろん、先ほどの溜田ともう一人の女の子も例外ではない。
だが溜田といわれた少女は 他の女の子達が明るくおしゃべり等してるのに比べて、ため息をつきそうにうつむき、体操服を脱ぎ制服に着替えようとしていたのであった。
※「めめちゃん お疲れー」
※(溜田)「あ、山中(やまなか)先パイっ…。お疲れ様です…」
そんな溜田に声をかける"山中先パイ"といわれた女の子。 先ほど溜田とマンツーマンで練習をしていた少女だ。
先程の厳しい雰囲気とは打って変わって、とても大らかに溜田に話しかけていた。
山中「あー疲れたっ。 早く家に帰ってテレビ観たいよーっ。」
※(溜田)「山中先パイ…今日もありがとうございました…」
どうにも噛み合っていないように見える。
山中「いーっていーって! あたし、めめちゃんと練習するの楽しいからっ」
※(溜田)「ごめんなさい…」
山中「あれ?今の謝るところだっけ?」
※(溜田)「いえ…」
まだまだ幼さが残る少女"溜田めめ"に対し、発育も良く めめに比べたら随分と大人っぽく見える少女の山中。
この二人は、部内では ある意味 目立った凸凹コンビである。
そうこうしている内に、着替え終わったようだ。
めめ「それでは…」
山中「あ、ちょっと校門で待ってて! 用事が終わったらすぐに行くから!」
めめ「…はい」
そう言って、二人は一旦 別れた。
その後、めめは決して軽いとは言えない足取りで校門に向かっていた。
めめ(はぁ…今日もうまくできなかったな……)
そう落ち込む彼女。 いわゆる落ちこぼれというやつだ。
めめ(山中先パイも、こんな私に付き合わせちゃって……)
丸く大きな瞳に、少し涙が浮かんでいた。 うつむき加減で歩く姿が何とも弱々しい。
めめ(どうしよう…私………)
そんな事を考えている内に校門に着いてしまったようだ。 少し顔を上げ、笑みがこぼれた。運動をして火照った身体に 涼しい秋の風がとても気持ちよかったのだろう。 まだ中学校の新しい制服に着せられている感が漂う、紺色のセーラー服のスカートが揺れているのも 少し楽しげに見えた。
思わずめめは鞄からスポーツドリンクの入った水筒を取り出し、少しずつ飲んでいった。渇いた喉と身体に、冷たく心地よい水分が全身に染み渡り 駆け巡った。
めめ「…ふぅっ」
普段はとても大人しく、暗くて目立たない存在の彼女であるが…こうして前を向いて笑うと、とても美しい少女なのである。
実際、クラスの男子には密かな人気を持たれている…という噂があったりするらしい。
山中「ごめーんっ! お待たせーっ!! 待ったー!?」
やがて、遠くの方から 山中が叫びながら駆けてくるのがみえた。
めめ「せ、せんぱいっ…」
周りにはもう誰もいないのだが、めめは恥ずかしくなって慌てていた。
山中「ごめんごめん。 先生の話が長くってねー。」
めめ「い、いえっ…」
山中「じゃあ早く帰ろっか! あっ、そうだ! これ飲む?」
山中がおもむろにスポーツドリンクを差し出した。
めめ「…ぇっ?あのっ…そのっ…」
山中「遠慮しなくていーよっ! ちょっとしか残ってないけどさ、めめちゃん運動して疲れてるでしょ?汗もかいてるし、ちゃんと水分補給はしとかないとダメだよっ。」
めめ「いやっ…ちょっ…」
めめ「ちょっとだけですよ…」
山中「遠慮しなくて全部 飲んでいーからねっ☆」
帰り道、めめは山中の押しと笑顔に負け、結局 全部 飲みきってしまった。
めめ(ぅぅ…お腹たぽたぽ……)
めめ(それに、ちょっと寒くなってきちゃった……)
日も暮れ 気温も下がってきている上に 水分の過剰摂取が重なって、めめの身体はすっかり冷えてきてしまっていた。
少しぶるっと身体を震わせるめめであった。
山中「あーっ、もうちょっと学校と家が近かったらいいのになぁ~。」
めめ「…私達、結構 近い方だと思いますけど……」
めめと山中は、実は同じマンションに住んでいる。 学校から自宅まではおよそ30分。 二人で話ながらだともう少し時間は掛かるだろう。
今は大体その半分を過ぎたところである。
山中「あ、ちょっとコンビニ寄っていかない?」
めめ「ぇっ…」
山中「今 新製品のさー…」
疑問形になっていない山中に、めめはコンビニへ連れて行かれた。
山中は買う物を決めていて、さっと終わらせるタイプらしいので、おおよそ5分くらいだったのだが…少し遠回りになるので家に着くのは更に10分程度 遅くなってしまった。
山中「いやー、付き合ってくれてありがとうね。 あ、これ食べる?お礼!」
めめ「ぃぇ…大丈夫です。それよりも…早ふ帰ひふぁひょう?」
と言っている途中で、めめの口の中にはお菓子が入れられていた。
―そしてようやく、マンションの入り口に到着した。
めめ(やっと着いた……)
部活で疲れたのか、山中に付き合って疲れたのか…めめは少し安堵の表情を見せた。
山中「やっと着いたねー。あーっお腹 空いた!」
めめ「あはは…さっき お菓子食べたばっかりじゃないですか」
山中「うーん、まぁ別腹だよね♪」
そんな事を話しつつ、エレベーターに乗り込む二人。 狭いエレベーターだが、不思議と圧迫感は感じられない。
マンションといっても古い建物で、その代わり家賃が安い…といった条件の物件なのである。
ちなみにめめは5階。山中は4階に住んでいる。
ああ、今日も一日が終わる―。エレベーター独特の浮遊感に身を任せつつ、階表示のランプを見つめる二人。
その瞬間
めめ「きゃぁあっ!!!」
山中「!!!??」
急にエレベーターが激しく揺れ、強い衝撃が彼女達を襲った。
めめは床に倒れ、それを見た山中はめめを庇うように覆い被さった。
実際に揺れたのは一瞬であったが、後に二人はとても長く感じられたという。
………
……
…。
山中「…めめ!?大丈夫っ!!?」
返事がない。 ただ、恐怖に身体を竦ませ、うずくまって震えていた。
山中「…めめ。落ち着いて。大丈夫だから。ゆっくり深呼吸して。…そう。」
その様子を見た山中は、めめの背中をさすりながら 優しく声をかけ続けた。
その甲斐あってか…
めめ「…はぁっ、はぁっ…。あ、ありがとう…ございます……」
やがて少し落ち着いてきたようだ。
山中「良かったぁ…」
めめ「い、一体 何があったんですかっ…?」
山中「………わかんない。 でも、一つだけ…わかったことがある……」
めめ「ぇっ…?」
神妙な面持ちで、山中が現状を伝える。
山中「あのね、エレベーターが…動いてないの。」
めめ「…?」
めめが思わず周りを見渡す。
山中「まだ何も試してないけど…とりあえず、今は動いてない…。」
めめ「う、うそっ…?」
山中「ちょ、ちょっと待っててね。大丈夫だから」
山中が立ち上がり、1階から最上階までのボタンを何度も押す。
しかし…押す音だけが虚しく鳴り、肝心のエレベーターが動く気配は全くなかった。
山中(ランプが消えてる…。 どこか何階かの間の途中で止まっちゃったのかな……)
階表示のランプのある位置を見上げ、山中は小さく息を吐いた。
めめ「やまなか…せん、ぱい?」
山中「………」
めめ「せ、せんぱいっ…!」
その不安げな声にはっとしたかの様に、山中は振り向き、答える。
山中「えっと…。エレベーター…止まっちゃった…」
先程と同じような言葉に聞こえるが、現状が完全にわかった今、その意味の違いはとても大きなものだった。
めめ「や、やだ…やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
山中「めめちゃんっ!」
めめ「怖いよぉーっ!!!誰か助けてーっ!!!!おかあさーんっ!!!!おとうさーんっ!!!!!」
めめは錯乱し、泣き叫んでいる様子を見て、山中はたじろいでしまった。
彼女もまた、この現状に大きく動揺しているのだ。
だがそのとまどいも一瞬、すぐさま気を入れ直し、めめに近づくと…
めめ「ぅっ…ひっく…ぐすっ……」
めめを正面から抱き締めた。
山中「安心して…。大丈夫。きっと、誰かが助けてくれる。めめちゃんのパパとママだって、きっと…。」
ゆっくりと、静かに。柔らかい声のトーンでめめに声をかける。
しばらくの間、めめは泣き続けていた―。
………
……
…。
やがて落ち着いためめは、エレベーターの端に行儀良く立ち、山中が色々 試しているのを眺めていた。
山中「ダミだ。 全然つながらないにゃ」
おどけて言ってみせるが、雰囲気が全く和む様子はなかった。 彼女もそれは充分 わかっているだろうが…。
山中「あーもぅっ! 何の為の緊急インターホンなんじゃーっ!!」
手を振り上げ、大げさに怒ってみせる山中。 これも彼女なりにせいいっぱい気を遣っているのであろう。
ちなみに携帯電話はというと…
■■■
めめ「う、うそっ…そんなっ…動いてよぉぉぉーっ…!!!」
山中「…なんで、こんな時に限って……私のばかっ………↓↓」
■■■
めめは充電池切れで、山中は家に忘れていた。 弱り目に祟り目というのは、まさにこの事であろう。
そんな事もあって、頼みの綱は緊急時に使うインターホンなのだが…それも原因がわからないが繋がらなかった。
彼女達は、本当にこの箱の中に閉じこめられてしまったのだった。
山中「はぁ…」
力なく壁にもたれる山中。 鞄を身体の前に持ち 姿勢を正し、まるで普段のエレベータ内で立っているかのように行儀良く立っているめめが目に入った。
山中「はは…そんな行儀良くしてなくても…座ってまったり待ってようよ。」
めめ「だ、大丈夫です…」
山中「じゃあおねえさんも立ってるよー。 暇だからおしゃべりでもしよう。 あのさ―」
努めて普段通りに話す二人。 めめは大人しく、山中は明るい…。
山中「―でさ、そん時 友達が レモンティーを…って、めめ?」
めめ「ぇっ?は、はいっ?」
山中「どうかした?」
めめ「…え、ぇぇっと、何がですか」
山中「いや…なんか、さっきからきょろきょろっていうか…いつものめめちゃんらしくないっていうか……。ぁ、そっか…不安だよね…。ごめんね、何もできなくて……」
めめ「ぃぇっ! なんでもないですからっ…!平気ですっ…!」
めめ「そ、それに…先パイは、悪くないですっ…」
山中「あはは、ありがと。 何だか周りが静かなせいか、いつもよりめめちゃんの声が大きく聞こえるよ」
めめ「…! ぁーっ…あとどれくらいで…出られるんでしょうねっ……」
山中「さぁーねー…。ぁっ、意外ともうすぐかもしれないよっ? 観たいTVが始まるまでに出られたらいいのにーっ」
めめ「そう…ですね……。」
お互いに少し息をついた。 少し空気が重くなり、重たい時間だけがゆっくりと流れる。
…と、思いきや
めめ「…あの、そういえば…インターホンってホントに繋がらないんでしょうか……」
山中「んー?多分 繋がらないと思うよー」
めめ「私 あの、試してみますっ もう一度っ…!」
山中「えっ?あっ、いいよ。私が試してみるから。そこにいていいよ。」
めめ「…ありがとうございます……」
山中「繋がれ~」
めめ「…~っ!」
山中がめめに背を向け、緊急インターホンと戦っている間、めめは別の問題と戦っていた。
めめ(ど、どうしよう……)
ぐっと鞄を握りしめ、たまに立つ位置を変えたり、何かを探すわけでもなく視線を泳がせたり、少しうつむいてみたり天を仰いでみたり……と、じっと見ていれば 落ち着きのない様子が見て取れるめめ。
めめ(んっ…こんな時に……)
―そう。
めめ(おトイレ…いきたいっ………)
※第2章へと続く…
●本題に入るまでが長かったですねー(^-^;) んー、こういう前振りも大事だと思っているのですけど…どうでしょう
この溜田めめのエレベーター我慢も、ずっと描いてみたいお話の一つでした。
いつもの様に稚拙なSSではございますが、楽しんでいただけたら嬉しく存じますm(_ _)m
…このお話は早く書かないと、色々 忘れて大変なことになる気がします